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コラム記事

醗酵裏話「私は凄くない。」

醗酵裏話「私は凄くない。」

梅小路醗酵所でアドバイザーを務めております、ハッピー太郎こと池島幸太郎です。
今回のコラムは様々な発酵食品を作って販売したり各種イベントを開催したりする私が、いかに「凄くないか」というお話をしようと思います。

お酒造りに限らず、職人を「神格化」してその人が創る商品(作品)に崇めたり購買意欲を高めたり付加価値をつけたりする動きというのは、昔から商売にはつきもので、今でもよくあると思います。神格化を言い換えると偶像化とも言えますが、その職人は崇拝・信仰の対象となり、その信者はとても結束力の高いコミュニティを醸成し、その信者のためのイベントは異様な盛り上がりとなり、エネルギーを得た信者は自主的な布教活動に務めます。

極端な言い方をしてしまって申し訳ありませんが、私だって、若い時憧れの職人のことを追っかけたりしていましたし、偶像化することに対して批判的な意見を述べようというものではありません。平和で安全な信仰や布教活動から作られるコミュニティは人間にとって必要なものだとも言えます。「いや〜彼はすごいよね」「彼の作る〜はとんでもないレベルだ」「これこそが本物だ」というような感想の共感で繋がったコミュニティ、たくさん存在するかと思いますし、今でも私はいくつかのコミュニティに所属している気がします(笑)

これは地域コミュニティ(ご近所付き合い)が変化した現在において、自分の価値観が認められ安心できる場所が存在している、つまり自分自身の居場所を作るという意味においてもとても重要である可能性があります。人間社会が平和であり続けるためにも大きな意味合いを持つと考えます。コミュニティが崩壊したら、人は新しいコミュニティ(群れ)を創り続けるのでしょう。

さて、本題です。ハッピー太郎醸造所のお味噌や糀、鮒寿司やどぶろくは、それなりにご好評頂いております。そして「ハッピーさんの糀は違う」「滋賀県の発酵といえばハッピー太郎さん」「ハッピー太郎さんすごい」と言われることもあります。そんなふうに言われて、嬉しくないかと言えば嬉しいなって思ってしまう、浮かれた気持ちになる私もいないわけではありません。
でも、よくよく考えると、私、全く凄くないのです。本当です。自分自身のことを見つめていると、神業を持っているわけでもなく、繊細でもなく大雑把で、むしろ常々公言しているのが「私がやっている発酵仕事は本来誰にでもできるレベルのことです」ということです。

誰にでもできる糀作り

本当にそうなのです。糀の作り方もそう。誰にだってできるように仕事を組み立てました。例えば、夜中寝てないんじゃないですかって言われますが、夜中に糀の様子を見に行ったことはこの半年間、全くありません。スマホで温度チェックをすることはありますが、「うんうん、大丈夫だな」くらいなもんです。それよりも、「見に行かなくても大丈夫なように作るにはどうしたらいいのかな」って、楽をすることばかり考えています。結果、「きっとこのやり方すれば誰にでもそこそこの糀はできるよな」って思います。

他にも「お味噌が美味しい」って言われますが、最初は失敗を良くしました。失敗を重ねたから「何故なんだろう」って観察した結果、大豆や味噌の柔らかさが安定していないことに気づきました。でも水分量を測るなんて大袈裟な機械は無いし、じゃあ、、、ということで、大豆の柔らかさは炊いた大豆をデジタル秤の上で潰してみて圧力がどれくらいかかるかを調べたり、混ぜた味噌を桶に投げてみて桶にどんな感じでひっつくか観察してみたりして。「どんな人にも説明ができてどんな人にも失敗の可能性が少ない状態にする」ことを目指しました。結果、お味噌教室ができるようになりました。今ではたくさんの味噌名人が生まれています。

どぶろくだってそうです。昔、酒造りで失敗したことがありました。じゃあその失敗をしないために、今ある環境ではどうすればいいのだろうって考える。自分が失敗しがちで繊細な仕事ができないことを知っているがゆえに、「大胆に仕事をしても大丈夫で何故だか美しいと感じる酒になるレシピや道具」を探す。特に繊細な仕事が必要な温度管理は性能高い温度管理ができるタンクを用意したり冷蔵庫を用意したりすればいいじゃないか。だって、「あと1時間後に冷却をストップしないとまずい」なんてシチュエーション、絶対に忘れる自信ありますもの。自分にはそんなマメなことできないことを知っています。

難しいことはしないどぶろく造り

そしてそもそも私は掃除や片付けが苦手な人で、それはお酒の醸造には不向きのような気がします。で、今回お酒の醸造をするにあたっては、それが得意なスタッフに助けてもらうことにしました。「麹室片付けしてくれる?」「溝掃除してくれる?」という感じです。

つまりです。私は失敗しがちで面倒くさがり屋で適当な人間です。若い頃の私は「そんな自分はダメだ」「成長しなければならない」って考えていました。でも、人生紆余曲折あり、むしろそんな自分を否定せずに認めてあげることを知りました。自分を認めてあげないと辛くて辛くて仕方ないくらいにまで落ちたんです。そして失敗を回避する方法を他力本願でも良いから何か見つけるという方向へシフトしました。結果、モノづくりがうまくいくようになったように思います。

それでも皆さんは「だってハッピー太郎さんは京都大学に行った頭脳があるじゃないか」って言われるかもしれません。ここで驚愕の事実を発表しますと、実は私、浪人時代に模試を何度も受けましたが、全てE判定。受かるはずがないという判定でした。最後の1ヶ月いろいろ丸暗記して、本当にたまたま知っている問題ばかり出題されて、偶然受かってしまったのです。そして得意げに入学してみると、同級生と比べて全く頭の回転が遅いことを知ったのです。私はいわゆる地頭があまり良くないタイプだと気づきました。ショックでした。

このタンクあってこそのどぶろく醸造。

だからこそ、「どうやって生き延びたら良いのだろう。」「同じように生きたら敵いっこない。」そう考える癖がついたのかもしれません。そういう意味では、若い頃にコンプレックスを感じさせてくれる環境でよかったなと思います。30代まではしんどかったですけどね。だから、皆さんも「私なんて」とか思ってらっしゃる方がいたら、「大丈夫ですよ」「なんとかなる方法はきっとありますよ」って伝えたいですね。

【伝える人】 ハッピー太郎 / 池島幸太郎

酒蔵の蔵人12年の経験を活かして独立。麹をメインとした発酵食品工房を滋賀県彦根市で開業。https://happytaro.jp/
糀・味噌製造をメインとして鮒寿司なども製作。手前味噌の会では痒い所に手が届く解説で好評。発酵のコツを言葉にすること、発酵研究の文献探索、発酵職人探訪が好き。2021年12月に長浜市「湖のスコーレ」へ移転して、どぶろく醸造の免許をついに取得し、醸造を開始している。