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コラム記事

醗酵裏話「経済性から見る白味噌文化」

醗酵裏話「経済性から見る白味噌文化」

梅小路醗酵所でアドバイザーを務めております、ハッピー太郎こと池島幸太郎です。
昨年も12月には白味噌のコラムを書いたのですが、今年は白味噌についてその経済性の観点からその存在を解説してみようと思います。

白味噌といっても、色々な種類があります。超有名なのは「西京みそ」に代表される、京都の白味噌。四国にも、九州にも色の白い味噌はあります。米麹の白味噌、麦麹の白味噌、両方ともに美味しいですよね。私も大好きです。私の祖母は麦麹の白味噌作りの名人でしたから、若めの白い麦味噌の麹甘い香りがいまでも忘れられません。

さて、インターネット上にある白味噌の解説としては次のようなものです。
・甘い味噌を好む人たちのために作られた(京都の貴族向け、など)
・麹を多めに使うので贅沢
・麹を多めに使うので発酵期間が短い
・塩を控えめにしているので田舎味噌に比べて日持ちがしない
このような記述が多く見られます。

全部当てはまる白味噌もあれば、一部当てはまらない白味噌もあるかもしれません(しょっぱい白味噌も世の中にはありますね)。まあしかし、「白味噌」で検索してみると、おおむね上の解説ばかりだとおもいます。

しかし、味噌製造許可をもらっている事業者としては、それ以上にとても切実な事情があり、ネット上ではほとんど触れられていないことがあるのです。それをお話ししましょう。これぞ「醗酵裏話」。笑

それは、「白味噌は経済性が高い」という香ばしい観点です。さてどういう意味でしょう。経済性が高いって、、、、麹が多めですから、予算的には贅沢なもののはずですよね。

さて。
例えば、ハッピー太郎醸造所で仕込んでいる「太郎味噌」は米麹味噌。大豆の1.5倍程度の米麹を使用し、塩分が10%くらいです。冬にお味噌を仕込んで、夏を越え、秋を迎えた頃に開封し、食べ始めます。とても旨味甘味がのって美味しいです(手前味噌ですみません!)
ここで言いたいことは、仕込んでから食べ始めるまで約1年かかります。
約1年。1年。1年。1年、、、、。(こだま)

1年熟成の太郎味噌


リアルな話をしましょう。お味噌を仕込んでから1年間、「お金」にならないということです。そんな仕事、皆さんは始めようと思うでしょうか?
ハッピー太郎は起業当時、良い材料を購入し、勇んで味噌をたくさん仕込みました。でも、、、、売り始めるまでに、1年かかるのです。現金化するのに1年。その間、味噌販売の収入はゼロなわけです。いやはや。そこのあなた。味噌屋での起業は絶対におすすめしないですよ、マジで。

さらに言えば、東海地方の豆味噌(豆麹を使用した味噌)などは3年以上熟成させてようやく商品になることがあります。つまり、仕込んでから1年〜3年は、「置いておくだけでお金にならない」のです。

逆に言えば、「長期間発酵の味噌を製造所に置いておける」ということは
1、味噌を置いておける広大な敷地がある
2、仕入れて支払いを済ませ、それが売上として現金になるまでのタイムラグが1年あったとしても経営的に大丈夫な資金体力がある。

ということなのですよね。もちろん、2は毎年仕込んで売るという循環ができれば、お金は回っていくわけですが。
にしても、1「広大な敷地」は絶対的です。1年熟成で売り始められるお味噌1kgの価格が、安い普及品が500円、高い贅沢品が2000円としましょう。1年間で1000万円の売上(収入ではなくて売上ね)を作ろうと思ったら、高い2000円のお味噌で5トン仕込む必要があります。安い味噌なら20トンです。そして、もちろん、お味噌がなくなってから仕込むというわけにはいきません。なくならないように次の年に売るものを1年前から仕込んでおかねばならないのですから、倍とは言いませんが計画して先に仕込んでおき(つまり材料代の支払いを済ませて)、「販売待ち」のお味噌を敷地に備蓄しておかねばなりません。

木桶の味噌

長期間発酵の味噌屋(醤油屋、酒蔵もそうなのですが)を始めるにはそもそも土地を持持っていなければなりませんし、土地だけでなく大きな建屋、設備も必要です。桶などもたくさん買い揃えないといけませんね。極めて潤沢な資金が必要です。

さて。話を白味噌に戻します。
同じ味噌でも短期間発酵の味噌「白味噌」。温度をかけて糖化させるものであれば2日もあれば出来ます。もっとちゃんと話すと、お米を洗い麹を作り豆を炊いて味噌を仕込み発酵させて、白味噌完成まで1週間くらい。それから袋詰めして冷蔵庫保存しておいて、、、、お米洗い始めてから1ヶ月以内の出荷は十分に可能です。単純な計算をするならば、夏を越す1年発酵の味噌に比べて、10倍以上のスピードで出荷できる。白味噌製造販売に特化すれば普通の1年発酵味噌の10分の1の敷地で、同じ売上を作ることができるということになります。

つまり、狭い敷地しか用意できない味噌屋が経済的に生き残る手段として白味噌製造を担う。例えば市街地では土地が高いですから広大な土地を確保して1年熟成の味噌を製造することは難しいかもしれませんが、白味噌製造なら仕事になります。狭い敷地でも少ない設備でも、短期発酵の白味噌で回転させたら売上が立つのです。そして、地方であっても、さほど潤沢な資金がない場合なら、白味噌なら早めに資金を回収できます。

狭い敷地での白味噌製造。これはまさに「西京みそ」=京都の白味噌文化。土地が狭く価格の高い京都でこそ成り立つべくして成り立ったと言えるのではないでしょうか。そして、全国の地方の味噌屋さんも、早めに商品化できる白味噌は、商材として優れているとは言えないでしょうか。

白味噌雑煮



産業として成り立つのか。身も蓋もない言い方をすると、どうお金にするのか。どんな仕事でも大切な課題ですが、伝統的発酵食品の代表でもあるお味噌でさえも、その経済的側面が重要なことをお分かりいただけたかと思いますし、各々に与えられた環境を最大限活用する経済活動が行われ、長い時間を経てそれが「食文化」となったのではと思います。

ハッピー太郎醸造所は観光地の商業施設の中に入居しております。借りている場所は家賃が発生しますから、その家賃と製造量(売上)が見合ったものである必要があります。そういった事情も踏まえ、お味噌は「白味噌」を製造販売しておりますし、お酒も瓶詰めしてすぐに飲めるような味わいのものを造り回転させていく必要があります。

私が造っている「どぶろく」とはそもそも醸している甕から掬って飲むようなものですから、日本酒のように瓶詰めしてしばらく寝かせておかねばならないわけではありません。そういった意味で、狭い商業施設で醸造するお米の酒としては、向いているのではないかとも思います。逆に、瓶に詰めて長期間熟成することを前提としている日本酒を醸造するタイプの酒蔵はその広い敷地を活用して「熟成酒」という文化を創っています。私には真似できないことであり、最大限リスペクトしたいと思っています。

どぶろくの泡

【伝える人】 ハッピー太郎 / 池島幸太郎

酒蔵の蔵人12年の経験を活かして独立。麹をメインとした発酵食品工房を滋賀県彦根市で開業。https://happytaro.jp/

糀・味噌製造をメインとして鮒寿司なども製作。手前味噌の会では痒い所に手が届く解説で好評。発酵のコツを言葉にすること、発酵研究の文献探索、発酵職人探訪が好き。2021年12月に長浜市「湖のスコーレ」へ移転して、どぶろく醸造の免許をついに取得し、醸造を開始している。