COLUMN
コラム記事
梅小路醗酵所でアドバイザーを務めております、ハッピー太郎こと池島幸太郎です。
今回の醗酵裏話は、
米麹屋として米麹、甘酒、味噌、どぶろくまで製造販売している私が感じている米麹の力についてお話ししようと思います。要点は3点。何やら難しい言葉っぽいですが、大丈夫、読みやすい言葉で書いてますよ。お付き合いくださいね。
〇米麹の科学的な理解
〇米麹の感性的な知覚
〇感性にも科学にも溺れない仕事
米麹の科学的な理解
まずは、米麹ってなんでしょう?というのを専門家っぽく解説したいと思います。
米麹というのは、蒸米に麹菌というカビの一種を付けて繁殖させたものです。このカビが本来緑色をしておりまして、その為「黄麹」とも言うことがあります。麹菌も生き物ですから、繁殖するということは栄養が必要で、つまり麹菌が自ら酵素を出して蒸米を溶かして(分解して)得た栄養で育っていくわけです。その蒸米を溶かすために出し蓄積された酵素を人間が発酵食品に利用するという仕組みなのですね。たくさんの酵素が含まれているのですが、良く知られているところではでんぷんを分解するアミラーゼ、たんぱく質を分解するプロテアーゼ、脂肪を分解するリパーゼです。
〇甘酒
米麹と水、もしくは米麹とご飯と水を混ぜて発酵してできるのが甘酒で、主にアミラーゼに期待しているものです。
〇味噌
米麹と柔らかく炊いた大豆と塩を混ぜて発酵してできるのがお味噌で、白味噌はアミラーゼ、熟成味噌はプロテアーゼに主に期待していますね。
〇塩麹
米麹と水と塩を混ぜて発酵してできるのが塩麹で、お肉を柔らかくするために漬け込むときはプロテアーゼやリパーゼに期待しています。
〇日本酒やどぶろく
米麹とお米と水を混ぜて、米麹のアミラーゼなどが作用して甘味が出るのと同時に、酵母がその甘味を食べてアルコールと二酸化炭素に変えてくれます。同時に二つの発酵が進んでいるということで、「並行複発酵」というややこしい名前の発酵の形態です。
米麹の感性的な知覚
ここでは私の個人的な米麹に対する想いを書いてみたいと思います。
「科学的な理解」というのは主に、明治時代以降研究が進んだ結果理解されてきたことであって、1000年以上続いているとされる米麹の歴史の中では、ごくごく最近のことです。その理解がなかった時代においては、もっともっと感性的に米麹の発酵様子を捉えていたのではないかと私は想像しています。というよりも、そのように想像するきっかけがありましたのでその話をしたいのです。
私はどぶろく(お米丸ごとのお酒)を醸して販売しているのですが、最近リリースした「something happy フレッシュハーブティー」の発酵を見守っているときに感じたことです。こいつは普通のどぶろくではなくて、フレッシュハーブティーをもろみに漬け込んで一緒に醸すというちょっと変わった方法で仕込んでいます。(梅小路醗酵所さんでもお取り扱いされています!)
「どぶろく」は米麹と水と清酒酵母で発酵をスタートします。最初はシーンと何も動いていないのですが、途中から湧いてきて、そのうち結構強めのガスを伴い元気に発酵します。なんだか生き物が成長したように感じられて、「こいつ、元気にぷくぷく言っとるなー」とすでに人格を感じたりして楽しんで観察しています。
そんな中、先ほど申し上げましたように、ちょっと変わっているのですが、ぷくぷく湧いているもろみの中にフレッシュハーブを浸漬させます。一度熱湯にさっとくぐらせてるとはいえ、まだまだしっかりとした「草」の状態です。浸漬した時は、香りも清酒らしい発酵臭とハーブの香りが両方バラバラに立ち上がっている様子で、なんだか「美味しくなるのかな、、、、??」と感じてしまいます。
それが3~4日発酵させているとみるみるうちに馴染んできて、まるでそのもろみが元々そういう香りを放っていたのかと思うくらい、一体化してくるのです。ハーブも少しくたっとしてきます。この経過はもろみを覗くのが楽しくて仕方ありません。どんどん変化していきます。
この全体が馴染んで一体化していく様子を、ニコニコ観察していてふと思うのです。
「米麹って、モノとモノの境界線を無くすチカラがあるんだな」と。
きっとハーブが入ってきたとき、もろみはびっくりしたんじゃないかと思うんです。
「え?え?え? 予定にないよ」「君こそ、誰?」
同じ部屋(タンク)に知らない同士、ハーブと米麹がそっぽ向いて距離ががあったのに、いつのまにやらお互いを認め合ったのか、許しあったのか、お友達になってる。そんな風に感じてしまいます。そんな状況がタンクの中で起こっていることに感激するのです。
これは過去の経験や研究分析などを編集した「教科書」には載っていない仕込み方を選択したが故に「何が起こるかわからない」真っ白な気持ちでいられる作り手として想像以上の体験をしているからこその、感性的な知覚なのではないでしょうか。
きっと科学的な知識がほとんど無い時代は、米麹の発酵についてそれぞれの作り手がエモーショナルに物事を捉えていた可能性があると思います。仕事にしている職人さんだけでなく、家庭で作った甘酒がどろどろになっていく様子も、お味噌が茶色くなっていく様子も、奇跡だと感じられたのかもしれません。お米がお米でなくなっていく、大豆が大豆でなくなっていく、「形が崩れていく」その様子は「境界線を無くす」米麹のチカラです。
感性にも科学にも溺れない。
さて。上のような表現は私個人の中では真実なのですが、科学的には何も説明できていない言葉の数々です。それでも私は作り手として、「感性的な」面をとても重要に感じています。なぜなら、お料理や飲み物が必要とされるのは栄養が取れるだけではなくて「感動する」「記憶に残る」ということが人にとっては癒しになったり生きる活力になるなどするからです。
ハッピー太郎醸造所のどぶろくを気に入ってくださった方が時々「衝撃的味わい」というようなことをおっしゃっていただけることがあります。もちろん、気分が悪いはずはありません。自分の美的感覚が評価されるのはうれしいものです。ですが、ここで注意が必要です。人が感動してくださるものを提供できていることに自信は持ってもよいとは思いますが、自惚れや勘違いが発生する危険と隣り合わせなのです。これは仕事的にも人間的にも、リスクです。だから冷静に分析することが必要だと考えます。そこで、科学的な研究の情報に助けてもらうのです。
私が感激したもろみの特徴について、冷静に整理していきます。
「something happy シリーズ」は通常の「黄麹」のほかに「白麹」(焼酎用のクエン酸が出る米麹)を多量に使用しているのが配合の特徴です。焼酎用「白麹」と呼ばれるこの麹は、名前の通り焼酎の製造で使われる麹です。どぶろくの造り手の狙いとしては、「甘めのどぶろくにクエン酸による爽やかさを加える」でした。
通常甘酒や味噌や日本酒で使われている「黄麹」と焼酎用「白麹」との違いはクエン酸を出すかどうかで語られることも多いのですが、焼酎用「白麹」の他の大切な特徴として『セルラーゼ』という酵素を多量に出すことが知られています。「セルラーゼ」とは、植物の細胞壁セルロースを分解する酵素です。焼酎は原材料として芋や麦など使用されますが、これらの繊維質を分解する酵素がたくさん含まれる焼酎用「白麹」を使用することで良く溶けて、原材料を効率よく使用することができる訳です。原材料が良く溶けたらたくさん焼酎ができますし、原材料の風味もよく抽出されます。
つまり「something happy フレッシュハーブティー」にも多量に使っている焼酎用「白麹」、その麹に大量に含まれるセルラーゼがフレッシュハーブの細胞壁に効いて香りや味わいが溶け出して、もろみと馴染んでくるという効果があるのではないでしょうか。あくまで仮説ですが、可能性は高いと思います。
この様に感性的に捉えていた体験に、現代の科学的知見による理解を加えておくと、「私の発酵仕事が優れているわけではなく、麹菌が偉いのだ。その麹菌を繋いできた先人たちに感謝だね。」と冷静になれます。本心として、私などは大したことやっている気が全くしておりません。そして冷静な気持ちでその麹菌の特性をどう活かそうかと次なる商品につなげていくわけです。そういう気持ちで仕事すると、材料を活かせていない傲慢な失敗や発酵不良などのリスクが低くなるように思います。
一方、科学を妄信することもありません。「美味しい」はある程度科学で解明されてきた部分もありますが「胸が震えるような感激の飲酒体験」が存在していると信じ、出来たらそういう体験に貢献したい私としては、科学だけを信じていても、それに近づけるとは思えないのです。琵琶湖に沈む夕日を見て訳も分からず涙を流すような体験は、この現代において未だに科学的に解明されていないことと同じなのではないかと思います。
感性にも科学にも溺れない、そのバランス感覚を養っていくことも発酵修行の一つなのではないでしょうか。
とは思うのですが、私はどちらかというと文系で、感性的な受け止め方に溺れやすい傾向があります。例えば「米麹に境界線を無くすチカラがあるとしたら、人との関係も米麹が介することで境界線がなくなって馴染むといいな。それが一緒に酒を飲むということじゃないか」なんて。そんな風に考える自分が嫌いではない。
いやあ、発酵修行はまだまだ続きますね。
【伝える人】 ハッピー太郎 / 池島幸太郎
酒蔵の蔵人12年の経験を活かして独立。2017年に麹をメインとした発酵食品工房を滋賀県彦根市で開業。糀・味噌製造をメインとして鮒寿司なども製作。手前味噌の会では痒い所に手が届く解説で好評。発酵のコツを言葉にすること、発酵研究の文献探索、発酵職人探訪が好き。
2021年12月に長浜市「湖のスコーレ」へ完全移転して、どぶろく醸造の免許を取得し醸造を開始。中でも副原料入り低アルコールどぶろく「something happy」シリーズは今までにない体験の飲み物として注目を集めている。https://happytaro.jp/