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「醗酵裏話」手仕事の背景

「醗酵裏話」手仕事の背景

梅小路醗酵所でアドバイザーを務めております、ハッピー太郎こと池島幸太郎です。

実はハッピー太郎醸造所、2021年12月に長浜市に移転しまして、「湖のスコーレ」と言う場所にて、醸造所を構えております。めっちゃお洒落な場所なので、ぜひ一度足を運んでいただけたらと思います。

ここで来月よりどぶろくを醸し始めるんですが、さて、それはさておきまして、移転してから気づいたことがあります。そのことをお話ししましょう。

この「湖のスコーレ」と言う場所は、とってもお洒落な居心地の良い空間デザインで、販売しているものも素晴らしいものばかりで、夢のような施設です。で、ハッピー太郎のお店に来られるお客様も、今までにない方がちょっと着飾ってお越しになる。それはそれで、いい雰囲気です。若いカップルが、リピートで甘酒をお買い求めになるのは、なかなか今までになかった光景で、感動的です。

思い出してみると、移転前のお店はただの民家に構えていたのですが、そこには概ね主婦層の方々が、ハッピー太郎の噂を聞きつけて、わざわざ米麹を買い求めに来られて、ご自身で甘酒にしたり、塩麹にしたり、お味噌にしたり、、、と言う需要でした。そう言う意味では、気楽なお店でしたよ。

移転して1ヶ月。「湖のスコーレ」に新しく来られるお客様は、どちらかと言うと、自分で発酵に挑戦したことがある人は少数派のようです。なんとなく、腐敗が怖くて、手を出せないとおっしゃる方が多い。

ここで、私の頭もアップデートされるのです。あ、世の中、実はこんなもんだよな、と。今までのお客様が、発酵に挑戦したい方が多かっただけなのだ、って。

発酵ブームって言われるけど、今の世の中は「すぐ食べられる状態の発酵食」をみんな求めておられるフェーズであって、自分で甘酒作ったり、塩麹作ったり、漬物を作ってみたりしている人って、まだまだ少ないんだなって。

で、ハッピー太郎。またむくむくと情熱が湧いて来るのです。「湖のスコーレ」の「スコーレ」は学校なのだから、お客様もぜひ学べる場所にしたいなって。お客様に媚びるだけじゃあいけないねって。
「手仕事を、みんなの手に、取り戻す。」(政治家の公約みたいやな。恥ずかし。)

お金を出して質の良い品物を買っていただくことは、とても尊いことでありがたいことです。「すぐに食べられるもの」をお金を出して買ってもらうことは、2次〜3次加工を引き受けた生産者にとっては、利益を生むことです。でもね、これって、功罪があるんだな。

すぐに食べられるもの・使えるもの、例えば米麹屋で言えば甘酒、お味噌、塩麹などを作ろうと思えば、米麹を米洗いから4日間かけて作り、その上で加工します。甘酒は10時間発酵させ、お味噌などは半年以上発酵させる。それを、時間かけてパックに詰めて、シールを貼り、お客様にご購入いただきます。ものすごい長さの時間と労力がかかります。これって、時給に直すとどれくらいなんだろう、、、、って考えたこと、皆さんありますか?お味噌など、置いている期間(数ヶ月〜1年)が価格に反映されていると思いますか?そして、発酵食品の美味しい時のピークってどう言う時で、そのピークの時に冷凍・冷蔵するコストって、価格に反映されていると思いますか?
そして、、、、昔ながらの米麹屋さんが次々に辞めていっている現状をご存知でしょうか?

糀を手作りしてます。

それらの仕事の価値って「発酵の手仕事を自分でチャレンジしたことがあり、失敗も成功も重ねたことがある人」には想像できると思います。お味噌がどう言う過程で作られて、どうすると失敗する可能性があり、置いておく場所によって味が変わり、出来上がってからも発酵が進んでいくもので、、、、、と言うこれらのことは、ただお金を出して買うことに慣れきった人には、想像ができない。そのプロダクトがお洒落な包装ならなお、生産者の苦労がぼやけて見えないことすらある。デザインって、そのプロダクトを正当な価値にすることもできるけれども、なんだかデザインってその生産の労働背景が見えないことにも繋がるんだな。

昔ながらの米麹屋さんは、麹蓋という箱で米麹を作って、出来上がったものをそのまま外に出して外気で冷却して保管しており、買いに来た人に「はい、麹蓋一枚分ね」と新聞に包んで販売していました。ラベルなし。正確に測ることもしない。なんて楽な販売方法でしょう。その時代はそれで良かったわけです。効率最高。

これを麹蓋1枚と呼ぶ。

でも、今、そんな風に買う人はいないし、保健所的にも問題がある。流通には乗らない。
300gの麹ください、甘酒が飲みたい、塩麹はありますか。米麹屋は、麹を作ってから、米麹を正確に計量して袋詰めし、さらに加工しないとお金にならない時代になりました。労働時間が圧倒的に長くなり、その割には儲からないので、後継者がいなくなりました。

でも、もちろん世の中、そういった苦労を請け負うことで、利益が産まれる。忙しい人の役に立つことができる。それが仕事となる。それも真理ですし、私もその恩恵を受けている。でもね、ほんの少し、ほんの少しで良い。その仕事の価値をわかってもらう仕掛けはできないものだろうか。それが人々のちょっとした想像力を増すことになり、優しい人が少しでも増えないだろうか?


私が実践してきた「手前味噌の会」は4kg〜の仕込みです。それは1人が1年間に食べるお味噌の量。1日1杯の味噌汁を飲むと、それくらい必要です。手馴れた方は20kgを飄々と仕込む方もいらっしゃる。でも4kgの方でも、仕込んだら疲れ切って集中力が散漫になり、桶のお掃除がしっかりできない方もたくさんいらっしゃる。そう言う人は、私がフォローしてます。

10kg以上仕込まれる方も。

お味噌をほんの少し、1kgだけ仕込む会も入門編として必要です。親子で楽しみながらちょっとだけやってみたいってのも、素晴らしい。楽しくて、エンタメとしても大好きです。
でも、一度、4kg仕込んでみてください。この大量の大豆、どうやって炊いたのかなとか、大豆を潰すのって大変だーとか、糀と塩と大豆を混ぜるの力がいるよね、とかが、自分の身体でわかる。それは、頭で想像するのとは別次元の理解なんだ。
そして、お味噌が出来上がったら、それほどすぐには食べきることができないから、カビる可能性が出てきたり、桶の上と下で味が違っていたり、置いてたらお味噌の味が変わっていったりすることを観察することができる。

そうして初めてわかるんです。「お味噌屋さんって、すごい仕事してるんだな」って。ありがたいなって。

もちろん、苦労をわかってもらうためにお味噌の会をやっているわけではないです。人が喜んでもらうために、「ハッピー太郎さんのお味噌の会は楽しいし美味しいから今年もお願いします」と言う声に応えてやっております。それが仕事になってます。

でも、手を動かしてみる、発酵に挑戦してみる人をもっともっと、増やしたいな、そのために、わかりやすく、笑顔で、糀の使い方を伝えたいな、入り口になってあげたいな、ますますそう思うようになりました。

発酵話は0円です!

どんな仕掛けがみんなに伝わるんだろう。私自身、社会との関わりの中で工夫し、成長していきます。楽しみにしておいてください。

京都・梅小路醗酵所でも糀の販売をしていますし、製造過程を見学できます。そしてそれを料理に使ったりすることはとても得意とされています。ぜひスタッフに話しかけていただき、楽しみながら学んで欲しいなと思います。

【伝える人】 ハッピー太郎 / 池島幸太郎

酒蔵の蔵人12年の経験を活かして独立。麹をメインとした発酵食品工房を滋賀県彦根市で開業。https://happytaro.jp/
糀・味噌製造をメインとして鮒寿司なども製作。手前味噌の会では痒い所に手が届く解説で好評。発酵のコツを言葉にすること、発酵研究の文献探索、発酵職人探訪が好きです。2021年12月に長浜市「湖のスコーレ」へ移転。どぶろく醸造の免許をついに取得。クラウドファンディング2月末まで募集中!https://camp-fire.jp/projects/view/506457