COLUMN

コラム記事

醗酵裏話「組み合わせの妙」

醗酵裏話「組み合わせの妙」

突然ですが、皆さんはお塩ってどんなものをお使いでしょう。結構、お塩にはこだわりのある方って多いような気がします。「魚にはこれ」「肉にはこれ」「サラダにはこれ」「おにぎりにはこれ」、、、、世界にはもうさまざまなお塩があって、お塩のソムリエのような方もいらっしゃるくらいですね。
今日も店頭で、ハッピー太郎さんはどんなお塩をお味噌にお使いなのでしょう、甘いお塩ですか?と聞かれました。お塩なので砂糖のように甘いわけはないのですが、甘さを感じるお塩って確かにあるものですよね。後味が綺麗なお塩って、比較的甘く感じるような気がします。そして、そういうお塩を舐めると、その美しさに感動することもあります。

「甘い・塩」でググってみたら、たくさんの情報が出てきます。また、お塩を誉める言葉として「この塩、甘いですね」ってよく聞きますよね。つまり、良いお塩=甘い。そんな評価が日本では一般的で「このお塩美味しい」の代わりとして「このお塩甘い」。とても共感を呼ぶ表現なのではないかと思います。かつて某CMでも「うまいは甘い」って言ってましたものね。

一方、現在私が使用している長崎五島のお塩は決して甘いお塩だとは思っておりません。それなりにえぐみがあります。と言っても、顔をしかめるくらいのえぐみ(嫌な味)というわけではなく、インパクトのある旨味とも言えるくらいのえぐみです。このお塩を全ての味噌、漬物などに使用しておりまして、手前味噌ながら大変ご好評いただいておりますし、プライベートでも料理にも使っており、特に青魚の塩焼きにはバッチリで魚の旨味がぐっと引き出されるような気がしています。

長崎・上五島の小野さんの「手塩」

これは甘いお塩をディスっているわけではなく、”甘いお塩”は単体で舐めて美味しく感じたり、後味の綺麗さに「美しさ」を感じたり、舌への刺激が優しいことで心動かされることがあるのかもしれません。でも、私は甘いお塩=良いお塩だとする風潮はどうなのかなという気がしています。個性の組み合わせ次第ではないのかと思うわけなのです。

他のもので考えてみましょう。例えば、日本酒はどうでしょうか。後味が綺麗な日本酒といえば、「大吟醸」ですよね。透明感ある色合いで、味わい的には品の良い甘みをアタックに感じて、すーっとキレていく。苦味などもなく、儚ささえ感じるその佇まいは、芸術とも称されます。お値段も高く評価されていることが多いですね。
しかしながら、その対極にあるとも言える日本酒もあります。色が濃く旨味や酸味がたっぷりで、程よい苦味もあり、ゴツゴツとしている、、、、。そのままだとインパクトあって好き嫌いが分かれたりします。

では、大吟醸だけが日本酒の醍醐味かというと、それは違うことはお酒好きの皆様ならお分かりでしょう。個性豊かなお酒も、お料理と合わせると相乗効果が素晴らしく「化ける」とされることもあります。これは日本酒に限らず、ワインでも、ビールでもそうです。

日本酒はきき猪口で比べ飲みしたりします。

また、さらに言えば、日本酒の「調合」、ワインの「アッサンブラージュ」やウイスキーの「ヴァッティング」のように、様々な原酒をブレンドして一つのお酒に調和させる技術がありますが、その時に「癖が強いものを少し混ぜる」という方法が知られています。

つまり、私が言いたいことというのは、「単体での美味しさで、その個性の評価はできないことがある」ということです。個性豊かで扱いにくいものでも、組み合わせ次第で力を発揮することもある。そしてもちろん、逆のことも起こりうる。私の現在使用している五島列島のお塩は、お味噌に使って本当に美味しいと思うのですが、人によっては「私のへしこ漬けには合わないなあ」と言う人もいました。

つまりは、見極めなのです。個性を見極める力。
このことは、人間社会でも感じます。分かりやすい例では、スポーツのチーム、サッカーなんかそうではないでしょうか。

一人一人が天才的な選手を集めたとしても、大会で勝てるとは限らない。天才的ストライカー以外にも、スペースを空けるフリーランニングなど戦術的に優れた動きができる選手や汗かき役が必要だとはよく言われます。どういう組み合わせにするかは監督の采配ですが、優れた監督はその見極めができると言うことでもあるのでしょう。あれだけの個性派選手たちを適切に選び配置する眼力ってすごいことですよね。
これは、スポーツの世界に限らず、人間の組織であれば須くそう言えるのかもしれませんね。

サッカーは海外で誕生したものですが、日本では職人仕事にも「組み合わせの凄腕」があり、視覚に訴えかけるものとしては、「石積み」があります。

穴太衆積み

私が住んでいる滋賀県には「穴太衆積み」と呼ばれる石積みの技法があります。あちこちの有名なお城の石垣にも見られるのですが、もともと大津市坂本の穴太で育まれた技術者集団で、現在でも坂本の里坊(延暦寺の末端の寺院)で見られる風景です。これこそ、石の個性を見極めた奇跡的な技術だと誰もが感じるところです。一つ一つの石を見たら、どうやって全体のイメージを掴むのかわからなくなるくらい個性的な石ですが、私はこの調和のあり方こそ目指したいと思うものです。飽きずにずっと見てられるというか、なぜか落ち着くというか、、、。

いやはやそうは言っても、穴太衆の石積みのレベルにいつ到達できるかはわからないのですが、発酵の調和の見守り役というのは、ある意味個性の組み合わせの調整をはかるということでもあるのかもしれません。現在私が醸しているどぶろくには、様々な大きさのお米が含まれた「はみ出し米」(虫にやられたり、未熟だったり)を使用しておりますが、このお米を使って美しい発酵だなと感じられるように杜氏として杜り(守り)をするということは、同じ滋賀県人として穴太衆の心がけを追いかけているような、そんな気がするものです。

「はみ出し米」と名づけたお米たち。穴太衆積みの石積みに見えなくもない?

どぶろく醸造家として現在考えているのは、どぶろくにどういう副原料を使うか。「その他の醸造酒」という酒造免許は、クラフトビールのように、様々な副原料が使用可能なのです。日本茶が今考えている第一候補ですが、お茶はお茶でも、どんなお茶をどんな量で使えば良いのか。綺麗と綺麗を組み合わせても、人の心を動かすものになるとは限らない。逆に個性と個性を組み合わせてこそ、滋味深い調和の世界が開けるのかもしれない。そのことに心を留めて、何より楽しんで企画していきたいと思っております。

【伝える人】 ハッピー太郎 / 池島幸太郎

酒蔵の蔵人12年の経験を活かして独立。麹をメインとした発酵食品工房を滋賀県彦根市で開業。https://happytaro.jp/
糀・味噌製造をメインとして鮒寿司なども製作。手前味噌の会では痒い所に手が届く解説で好評。発酵のコツを言葉にすること、発酵研究の文献探索、発酵職人探訪が好き。2021年12月に長浜市「湖のスコーレ」へ移転して、どぶろく醸造の免許をついに取得し、醸造を開始している。