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醗酵裏話「醗酵と素材」

醗酵裏話「醗酵と素材」

梅小路醗酵所でアドバイザーを務めております、ハッピー太郎こと池島幸太郎です。

今回は、私の発酵仕事から見えてきた「素材を活かす」ということについて、話そうと思います。

醗酵仕事においては「素材」というのは「原材料」とも言い換えられます。まず素材とは言わないですね。例えばお漬物用の野菜。品質表示的には原材料です。でも、一般の人や、料理する人にとっては野菜は「原材料」とは言わないですよね。食材と言います。そして、食材の素性と言いますか、本質のような意味で「素材」とも言いますよね。

プロの料理の世界では「素材ありき」という言葉が聞かれます。「素材を超える料理法はない」とか「素材の持ち味を引き出す」とか「鮮度の悪い野菜が鮮度の良い野菜を超えることはない」とか、「旬の美味しさには敵わない」などなど。いかに材料の見極めが大切か。それはお客さんを精一杯もてなそうとする料理人の心映えなのでしょう。もちろん、私は料理人の修行をしたことがありませんから、メディアを通しての言葉を聞き齧っているとは思います。でも、そんなに外れてもいないのではないかと思います。

プロによる最高の鯖寿司

では、家庭料理ではどうでしょうか。最高の素材が常に台所にあるとは限りません。ちょっと萎れた葉野菜、賞味期限ギリギリのお肉、ちょっと脂っこい養殖のお魚、忘れていて熟しすぎた果実、精米して日が経ったお米、、、。それを、台所に立つ人が、家族や自身のために精一杯料理をして、なんとか美味しく仕立てる。これが日々の食事です。

今、便宜上この二つの料理があるとします。プロの最高の料理と、家庭の日常の料理。どちらが上なのでしょう。みなさんならよくお分かりのことと思います。「それは比べようがないものである」。例えばですが、最後の晩餐に「最高のシェフの究極の1皿」を選ぶ人もいれば、「奥さんのお味噌汁」という人もいるでしょう。
素材に関して言えば、もちろん料理人が選んだ最高の素材に適うものはないでしょう。でも、少し古くなった野菜も工夫次第でご馳走になり家族が癒やされ心が満たされる料理になり得ます。そこに貴賎はないのではないでしょうか。

私の作ったなんでもない粕汁

また一方、プロでも家庭でも同じことが行われています。
プロの料理人の世界では「美味しい部位はお客さまへお出しし、少し落ちる部位は賄いに回す」ということがあるそうです。また、家庭でも「買ってきた野菜はできる限り腐らさずに使い切る工夫」が用いられますよね。つまり、こう言い換えられます。「素材を無駄にせず全ていただく」「材料は命であり、いかに無駄にせず料理していただくか。」
これが「いただきます」ということですよね。

では、発酵の業界ではどうでしょうか。

私は日本酒業界が長かったのですが、「吟醸酒」と「普通酒」のお米の使い方の違いが上の二つの違いと似ているような気がします。吟醸酒は選びぬかれた粒の揃った質の高い(値段も高い!)酒米を50%にまで磨き上げ限定吸水し、、、、というような究極の1滴と言えます。また、いわゆる普通酒では、「加工用米」というあまり出自がわからないものを使うことも多いですし、等外米の場合もあるでしょう。とにかく良く溶けるお米ならOK、むしろ価格の方が大事で、、、、とお考えの酒蔵もあると思います。でも、それはあまり表に出されないことかもしれません。ちょっと恥ずかしいと思っているのかしら。

私の発酵仕事では、いろんなお米を使わせてもらっています。粒揃いの大粒米もあれば、中米と呼ばれる「ふるいから落ちたお米」もございます。かつてはさらに小さい「小米」も使っていました。小さめのお米は吸水が安定しないので麹にするのに難儀します。でも、なんと言ってもお味噌作り用の麹で効力を発揮します。小さいから溶けが良いのです。溶ける分、味がよく出ます。麹の粒も口に当たりづらくなります。結果とっても美味しいのです。「手前味噌の会」(お味噌教室)で、このように私は申し上げておりました。「大粒のお米は銀シャリで。ふるいから落ちた小さめのお米はお味噌にしよう。すると、食卓で田んぼ丸ごと食べることになりますよ。」と。

良く見るとカメムシの後もある中米

今現在私が仕込んでいるどぶろくの仕込みNo.003では、その「ふるいから落ちたお米」をあえて使用しております。と言っても、無農薬無肥料で育った、なかなか凄いお米です。なので「落ちた」ではちょっとかわいそうだから、”はみ出した”お米ということで「はみ出し米」と名づけました。もちろん、そういうお米では日本酒の「大吟醸酒」は作ることができません。雑味がたくさん出るかもしれない。日本の「最高の工芸品」には使えないかもしれません。

無農薬の中米

でも、もしかしたら、複雑濃厚で愛嬌のあるどぶろくを作ることはできるのではないでしょうか。どぶろくって、なんだか憎めない酒、飲んでいるうちに自分を許したくなる酒であったらいいなって思うんです。良く考えたら私だって世の中のはみ出し者です。はみ出し者こそが世の中を面白くするんだと自負している私ですし、人はそれぞれどこか「はみ出した」ものをもっているはずです。だとしたら、そのはみ出しを愛して活かそうじゃないか。そんな想いを具現化したどぶろくを作ってみたい。そんなチャレンジをさせていただいております。

どぶろくの美しい発酵

【伝える人】 ハッピー太郎 / 池島幸太郎

酒蔵の蔵人12年の経験を活かして独立。麹をメインとした発酵食品工房を滋賀県彦根市で開業。https://happytaro.jp/
糀・味噌製造をメインとして鮒寿司なども製作。手前味噌の会では痒い所に手が届く解説で好評。発酵のコツを言葉にすること、発酵研究の文献探索、発酵職人探訪が好き。2021年12月に長浜市「湖のスコーレ」へ移転して、どぶろく醸造の免許をついに取得し、醸造を開始している。