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醗酵裏話「酒造りの清潔と神経質の間」

醗酵裏話「酒造りの清潔と神経質の間」

梅小路醗酵所でアドバイザーを務めております、ハッピー太郎こと池島幸太郎です。

今回は酒造りにおいての清潔に関しての話を、私の経験を通してお伝えしようと思います。

酒蔵へ行くときによく言われること。

キムチ。酸っぱいやつ大好き。

発酵に興味のある皆さんがきっと気になるところでは、
「酒蔵に行くときは納豆・ヨーグルト・キムチなどを食べて行ってはダメ」
とか、聞いたことがあると思います。確かに、ほとんどの酒蔵では上のものを食べてすぐに見学に行ったりするのは嫌がられます。自粛したほうが無難です。
私も鮒寿司やキムチを食べるのはやめてくれという蔵に勤めていたこともありますし、他の蔵元に見学へ行くときも事前に注意があったことがあります。

リスクは避けたい酒蔵

納豆!何年食べてないんだろう、、、、。

そもそも漬物や納豆などの他の強烈な発酵食品を嫌がる酒蔵は何が心配なのでしょうか。
*酒蔵で一番避けなければいけないのは、「腐造」です。アルコール耐性のある腐造乳酸菌がお酒のもろみに繁殖すると、取り返しのつかない事態になります。一つのもろみが汚染されると、周りのもろみ全てに伝染すると言われております。となると、、、、倒産してしまうリスクは負えませんよね。
*納豆を避ける習慣があるのは、米麹に納豆菌が繁殖すると「スベリ麹」と言うような麹が粘ったような状態になることがあるからです。また、納豆菌が木造の麹室に蔓延すると、なかなか簡単には殺菌できないという不安もあります。

と言うことで、かつてハッピー太郎が酒蔵で修行していたときは上のことを結構神経質に守っていたように思います。とりわけ納豆は食べない習慣になってしまい、今でも進んで口にすることはありません。
でも、ハッピー太郎は鮒寿司なども製造しておりますから、今回どぶろく製造免許取得そして醸造開始にあたって、非常に心配になったものです。

真逆の経験と研究者の見解

鮒寿司 滋賀県の代表的な発酵食品です。

一方、そう言う「神経質」とは真逆とも言うべき経験をお話しします。
*私が初めて鮒寿司を食べたのは、広島の酒蔵での酒宴でした。
*島根の某酒蔵で1泊仕事体験をさせてもらった際、朝食に納豆が出てきてびっくりしたことがあります。
*私が勤めていた最初の酒蔵では、白菜の漬物(塩だけの乳酸発酵)がよく出てきました。何も不思議に思わず食べていました。
*ハッピー太郎醸造所では「味噌製造」もしています。
*ハッピー太郎醸造所の米麹の育成方法は通常の酒蔵とは違って湿度高い環境の中であり、どうみても多種多様な菌の温床でありましょう。
*ハッピー太郎醸造所のどぶろく発酵タンクの横で「鮒寿司」をパック詰することもあります。
*上の理由でハッピー太郎醸造所は現在乳酸菌が多そうな環境であるが、どぶろくの発酵は順調です。

そこで、研究職の方の見解を聞きたいと思い、大阪の種麹屋さん(麹菌を販売するほか、研究も本格的にしているところ)に聞いたことがあります。すると「納豆や漬物を食べても良いけれども、歯磨きをしたり、服を着替えたり、手を洗えば、さほど気にする必要はない」とのことでした。

神経質になりすぎない清潔な醸造とは

では現在のハッピー太郎醸造所的経験に基づく「清潔」に関する見解をここで整理しておきましょう!あくまで、数々の発酵食品に携わりながらも酒(どぶろく)造りをしている私ハッピー太郎個人の見解です。他の酒蔵では真似しないでね♪

1発酵食を食べても(触っても)良いか
*発酵食を食べてきても大丈夫だけど、歯磨きをしてくること。場合によっては服も着替えたらナイス。お風呂入ったら完璧。
*酒(どぶろく)醸造室で桶を置いて乳酸発酵を盛大には行わない(乳酸菌をあえて培養することはしない)。横で小分けにするくらいなら良しとする。
*鮒寿司(乳酸菌系漬物)に触る仕事をしたとしたら、その後はどぶろく(酒)のもろみや道具は触らないことにする。

2道具などの衛生について
*道具や醸造室は乾燥状態を保つ。排水溝はこまめに掃除する。
*道具を使ったら速やかに洗う(乾燥してこびりつかないようにする)。使うときは熱湯などで殺菌するのはもちろん、五感で綺麗か判断する。

3人間の手は汚い(雑菌だらけ)について
*米麹や蒸米は素手で触っても大丈夫。作業用手袋は人間にとって不快なので怪我をしているなどの理由がない限り使わない。

4米麹に関する注意点
*甘酒や味噌用に使う米麹は生のまま袋に入れて多少ムレたとしても大丈夫。なぜなら甘酒は糖化温度のフィルター、味噌は塩のフィルターがかかる。
*酒やどぶろく醸造に使う米麹はムレた状態で保管してはいけない。必ず風通し良く保管する。綺麗な酒を造りたかったら、一度乾燥麹状態にまでからっからに水分を飛ばしたほうがよい。


より具体的な清潔の話

綺麗に洗えた発酵タンク

上の「2道具などの衛生」で、忘れられないエピソードがあります。酒造りの清潔とはかくあるべしということを教えられたエピソードです。
最初に勤めた酒蔵で、杜氏の下で現場を取り仕切る役職の「頭(かしら)」は、それはそれは掃除の好きな背筋のしゃんとした方でした。その方に直接教えていただいたのが、「タンクの洗い方」です。タンクで発酵させたもろみをタンクから出して搾ったら日本酒になるわけですが、その後の空のタンクには多少というか多数、米粒が残って引っ付いています。それを綺麗に洗い流さなければなりません。蔵人は、タンクの中に入ってたわしでこすり洗いをします。
その時に「頭」から教えてもらったのは、「タンクは綺麗になっているつもりでも実際はそうでもない。たわしで擦った後を、手のひらで丁寧に撫でてみろ。残った小さな小さな米粒が感じられるはずだ」ということでした。確かに、手のひらで撫でてみたら、微小の残渣を感じるのです。これには驚きました。
そういう話は仕事が終わった晩酌の時にしていただきます。酒を飲みながら、頭や杜氏が言います。「もしタンクがしっかり洗えていなかったら、そこに雑菌が繁殖して、もろみがダメになってしまうかもしれない。そういう責任を持って仕事をしなさい。タンク洗いは信用できる人にしか任せられないのだよ。」
酒造りの修行はまず掃除からと言われますが、今でも私は、タンクを洗う時、自分がちゃんとできているのか、自分自身を確認するような気持ちで、向かい合うのです。

ちなみに、その頭については別のエピソードもあるのですが、それはまた別の機会に取っておきましょう。郷里の但馬で牛を育てたり農業をしたり、、、いつもニコニコとしているが自分に厳しい、尊敬できる方でした。

【伝える人】 ハッピー太郎 / 池島幸太郎

酒蔵の蔵人12年の経験を活かして独立。麹をメインとした発酵食品工房を滋賀県彦根市で開業。https://happytaro.jp/
糀・味噌製造をメインとして鮒寿司なども製作。手前味噌の会では痒い所に手が届く解説で好評。発酵のコツを言葉にすること、発酵研究の文献探索、発酵職人探訪が好き。2021年12月に長浜市「湖のスコーレ」へ移転して、どぶろく醸造の免許をついに取得し、醸造を開始している。